背水の陣~コミットメントに信憑性を持たせる方法
新規参入をする場合に「絶対に市場から退出しない!低価格で脅されても徹底的に戦ってやる!!」というコミットメントは言葉だけでは、信憑性がない。相手も信憑性がないので、ビビらないし、単なるハッタリだ、嘘臭いなぁとしか思わない。
では、どうやったらコミットメントを信用させることができるのだろう?もう一度先ほどの状況を眺めてみよう。
コミットメントは絶対に赤矢印を取るという意思表示であった。
このコミットメントを相手に納得させるひとつの方法が、「背水の陣」である。これは新しい市場に参入するに当たって、退出できないように自分を追い込むという方法だ。
サッポロが新規参入するにあたり用意していた秘訣は、この背水の陣を利用したコミットメントであった。ここでは、サッポロが「当初の10倍の在庫を、サントリーにもわかるように作ってしまう」ことだったとしよう。すると、退出した時の利得は、売れ残る在庫の量が10倍になってしまうので、-100から-1,000になる。退路を断ち、相手にも知らしめるイメージだ。
サッポロが、サントリーにわかるように在庫量を10倍に増やすというコミットメントを使った時のゲームの木は次のような変化する。
これをバックワードインダクションで解いてみよう。下の赤い点線で囲った部分にそれぞれ注目してみよう。
サントリーが価格を維持した場合、サッポロの利得は500>-1,000であり、サッポロは継続する。サントリーが低価格にした場合も、サッポロの利得は-500>-1,000であり、サッポロは継続だ。
こうなれば、サントリーは、サッポロは本当に撤退せずに戦いを継続するということを合理的に信じざるを得ない。
そして、サントリーの戦略は次のように決まる。
価格を維持したら300の利得、低価格にしたら泥沼の戦いで100の利得ということで、価格を維持してシェアを分け合うというわけだ。
かくして、ここまで予想したサッポロは、新規参入をするにあたって、もう引けないという、一見過大で、リスクが増えるだけにも見える10倍の在庫を作るという投資を行うことで、コミットメントを達成し、ゲームを次のように変えてしまったわけだ。
この状態では、サッポロは参入すると500の利得、参入しないと0なので、参入した方がよいことわかる。合理的な判断で参入し、見事に成功したということになる。
このように「退路を断って新規市場に参入してきた。退出する気はない」というコミットメントに信憑性が加われば、既存企業は追い出そうとしても、徹底的な泥沼化が見えている。
背水の陣と聞くと、自分たちを鼓舞するかのように聞こえがちだが、このように、相手を脅し、コミットメントに信憑性を持たせるためにも重要な戦略のひとつなのだ。しかし、相手が合理的とは限らないし、あえて泥沼化した戦いで体力勝負を挑まれることもあり、危険性も忘れてはならない。
現実の世界では、ビール業界の大手であったキリンは2年間、アサヒは5年間も発泡酒市場に参入しなかった。採算が取れるのかどうか、本当に発泡酒の売上は好調が続くのか、そして泥沼化した低価格な市場にならないかを、冷静に外から見極めていたとも取れそうだ。